ヨハネスブルグを旅する 南アフリカ編 Part4

南アフリカ共和国

2024/6/25についにケープタウンを離れて、世界最恐都市のヨハネスブルグに出発です。

ヨハネスブルグってどんな場所?

南アフリカ最大の都市で、経済の中心を担っている大都会です。

ネットでヨハネスブルグと検索をかけると『世界一治安の悪い都市』『入ったら15秒で殺されるビルがある』『強盗を避けるため赤信号は止まらずに進む』など、耳を疑う様なパワーワードが飛び込んできます。

しかしアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃に大きく寄与したネルソンマンデラの生まれ育った地域であり、南アフリカの歴史を語るには、避けて通れない都市でもあります。

飛行機は南アフリカではお馴染みのSafairで、昼過ぎの出発。1時間半ほどのフライトでした。

ヨハネスブルグ到着

ヨハネスブルグのORタンボ国際空港ではミイラ化した飛行機の残骸が、滑走路横に放置されていました。これは一体何のためにここに置いてあるのか・・・すでにヤバそうな雰囲気出ています😅

今回は治安の心配もあり、Uberではなくホテルに送迎を頼みました。出口でドライバーと合流し、ホテルに向かいます。護送車という言葉がピッタリな黒のワンボックスを貸切です。

車はどんどん街の中心地に向かっていき、CBD地区を突っ切っていきます。CBDとはセントラル・ビジネス・ディストリクトのことで、治安の悪いヨハネスブルグの中でも特に危険と言われている場所で、昼夜問わず強盗や銃撃事件が頻発しています。

今回泊まるホテルはCBDのすぐ横にありました。

中心部を選んだのは、多少治安が悪くとも、ヨハネスブルグのリアルを体感できると思ったのでここにしました。ホテルのエントランスにはセキュリティーもいてホテル内にレストラン併設で中にいる分にはとても安全です。

※後のツアーで一緒のなった(裕福そうな)方々は、治安の安定しているサントンエリアにホテルをとっている人が多く、中心地に宿泊している人は僕だけでした💦

ホテルは高速Wi-Fiに、中の設備の完璧でかなり快適です。その日は到着したのが夕方だったので、レストランでピザを頼んで、外出もせず過ごしました。

ヨハネスブルグの1日観光ツアー

翌日はヨハネスブルグの市内観光ツアーにViator経由で申し込みしました。朝9時にホテル前までお迎えに来てくれます。

中心部の様子です。噂に聞いていた、赤信号を無視して縦横無尽に突っ切るというのはありませんでしたが、ところどころ信号機がついていなかったり、壊されたりしています。ガイド曰くここら辺はホームレスの数はヨハネスブルグで一番多いそうです。

中心部の方が治安が悪いというのは日本に住んでいる僕からすると少し不思議な感覚ですが、アパルトヘイト撤廃で、黒人が中心部に流れ込んできて治安の悪化が進み、裕福な層は郊外へ脱出したそうです。

Constitution Hill

まず最初についたのがコンスティチューションヒル。今は憲法裁判所として使用されている場所ですが、かつてはネルソンマンデラやマハトマガンジーが収容されていた場所で、監獄が今も残っています。

当時使用されていたトイレ。プライバシーも何もありません。

看守塔もそのまま残されています。

当時使用されていた処刑道具です。三脚に手足をくくりつけ、鞭打ちをしていた様です。

独房です。石造りの構造物で冬場はかなり冷え込んで、それだけで命を落とすものも多かったそうです。

こちらは女性の独房の様です。

当時黒人はこのような身分を証明するものを常に携帯しないといけなかったそうです。

施設をぐるっと一周すると最後に裁判所にたどり着きます。冒頭でも書きましたが、現在この場所は裁判所となっています。アパルトヘイト廃止後ネルソンマンデラは1995年に憲法裁判所をつくりました。

現在使われている裁判所ですが、一般刑法の裁判はなく、大きな事件?を扱った事案でしかここを使用しないそうです。

憲法のもと、すべての国民がこれに守られることを宣言しており11の言語で書かれています。

ソウェト

次に向かったのはソウェトという地区。ここはかつて、アパルトヘイト時代に黒人居住区として指定された場所。ヨハネスブルグの金鉱を目指し多くの移民がアパルトヘイト政策によって白人居住エリアから締め出され、ここに流れ着きました。

近代的な様式の住宅の中にトタンの掘立て小屋が混在していて、貧富の差を如実に垣間見ることがでいます。

ソウェトタワーは街のシンボルにもなっている場所で、鉄塔の頂上からバンジージャンプができるそうです。ぱっと見た感じ、誰も飛んでいませんでした。

ネルソンマンデラの家

マンデラハウスはソウェトにある、マンデラ元大統領がかつて住んでいました。1961年にマンデラはこの家を離れ、反アパルトヘイト活動家として命懸けの逃亡を続け、その翌年には逮捕、投獄されてしまいます。

家の中には実際にマンデラが使っていた遺品や、書斎、寝室、マンデラファミリーの写真などの展示があります。ガイドさんの説明の熱量がすごく、ネルソンマンデラの功績に対する強いリスペクトを感じました。

アパルトヘイト博物館

言わずと知れたアパルトヘイト博物館。ヨハネスブルグに来た人のほとんどが立ち寄るんではないでしょうか。

少数派の白人による国民党が政権の座についた1948年から1994年まで続いた、人種隔離政策アパルトヘイトの実態を中心に展示している博物館です。この博物館の展示は、アパルトヘイト制度の撤廃、人種差別のない現代の民主主義国家、南アフリカを理解する上でとても大事なものであると感じます。

来館者は本来の人種に関わらず、白人あるいは非白人と書かれたチケットをもらい、割り当てられたゲートから入館します。ここは、アパルトヘイトの被害者でない僕らが、当時を体験できる入場システムとなっています。

館内には当時実際に使用されていた白人用トイレ、ヨーロッパ人専用の出入り口、白人専用バス乗り場などと記載された看板やステッカーが吊るされており、アパルトヘイトの生生しさに息がつまります。

先ほどの建物を抜けると、『Journeys』という展示があります。様々な人の後ろ姿が鏡に転写されていて、鏡の正面に回らないと人種やその表情はわからないといった内容となっています。

ここから先の館内は、写真禁止のため後で見返すことができないのが少し残念です。アパルトヘイト時代の生活や、その当時の差別と戦う人々を写した写真、処刑に使用する首吊り縄の展示が続きます。館内は、ゆっくり回ろうと思ったら半日は必要なボリューム感の展示です。

午後から入館した僕は途中でタイムアップとなってしまったのですが、またいつか来る理由にもなりました。

初日のツアーを終え、帰宅。明日はついに『入ったら15秒で殺される』と話題のあのビルに潜入できるそうなので行ってみることにしました。

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